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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)66号 判決

原告 吉村五郎

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十九年抗告審判第一、三七〇号事件について、特許庁が昭和三十二年十月二十四日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和二十七年八月十五日その考案にかかる「児童計数器」について実用新案の登録を出願したところ(昭和二十七年実用新案登録願第二一、七四二号事件)、昭和二十九年六月十六日拒絶査定を受けたので、同年七月九日抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第一、三七〇号事件)、特許庁は、昭和三十二年十月二十四日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同年十一月十三日原告に送達された。

二、原告の出願にかかる考案の要旨は、「一単位の立方体の半数宛を色分けした数駒百個と、端面同単位にして長さ十単位の長方体の十駒十個と、十単位四角にして厚さ一単位の平面的立方体一個よりなる児童計数器の組合せ」である。

これに対し、審決は、大正十三年実用新案出願公告第五五〇二号公報を引用し、同公報中には、「一単位の立方体の数駒と、これを結合して形成し得る端面同単位で長さ十単位の長方形の十駒と、更にこれを結合して形成し得る十単位四角にして厚さ一単位の平面的立方体とよりなる計数器の組合せ」が容易に実施することができる程度に記載されているとし、両者を比較して、次のとおりにいつている。すなわち、本願と引用例とは、前記長方体の十駒と平面立方体とを、本願が一単位の立方体の数駒に分解できない一体のものとしたのに対し、引用例は数駒を金具で分解できるように結合したものであり、当業者が容易に取捨選択できる程度のものに過ぎなく、かつ本願は数駒を半数宛色分けしたものであるが、この点は児童計数器において普通行われるところであり、また前記各種の駒の数を限定した点で相違するが、この点は組合せとして類似の範囲を脱するものではない。

なお引用例は、その説明書中に記載されているように、児童の計数にも使用されるものであつて、結局本願の実用新案は前記刊行物に記載されたものに類似するものに帰し、実用新案法第三条第二号によつて、同法第一条の新規な実用新案と認めることができない。

三、しかしながら審決は、次に述べる理由によつて違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  引用の公報に記載したものは、一読すれば明らかなように、一立の体積説明器であつて、一立は一糎立方体が千個集合していること、児童に説明するためのものであるから、その分割された単位立方体は、一辺一糎の立方であつて、完全な一糎立方体を形成しており、それを棒状ねじ止結合金具で止めて千個合した場合は、正確な一立の体積とならなければならない性質のものである。もしそうでないと、児童に一立の観念に誤認を与えるものであつて、教育上許すことのできない体積説明器である。児童は、一立を観念するためには、一糎立方のものが千個集合したものであることを認識すると共に、その実物の体積すなわち大きさをも観念形成の要素とするものであるから、この体積説明器は、少し小さく実際一立なくても、また大きくて一立以上あつても、その児童の今後の物量に関する観念の正常な発達を阻害するから、この種の説明器は確実なものでなくてはならない。このことは該説明書の終りの方に「一立の体積千立方糎を得る公式103=1.000(立方糎)一糎立方千個を順を追つて結合する場合の実験に一致することによりて説明することを得るなり、本器を使用して学習せしめ、または教授するときは、生徒に興味を与え、改正度量衡制度の量に関する基礎観念たる一立及び一立方糎の観念を養成することを得るなり、」と記載してあることによつても明らかである。従つてこの一立の説明器は、一立方糎千個一組のものであつて、これを計数器に使用し、百駒、十駒、数駒に分離して組合せる等の観念を発生する余地のないものである。審決が引用の体積説明器から出願の計数器の組合せが容易に実施することができるとしたのは違法である。しかのみならず引用の考案は、一立の体積説明器であつて、数の計算に役立つのは単なる副作用に過ぎず、数の計算を目的とする本件出願の考案とは、全然その目的を異にする。また前者はそれぞれ分離している千個の一糎立方体の駒であり、組合せではないのに対し、後者は百個の数駒と十駒十個と百駒一個の組合せで、その目的、形状において、著しく相違しており、後者は容易に前者から類推できるものではない。

更に引用の公報には、被告代理人主張のような「一単位の立方体と十単位の四角柱体と百単位の板とが組合されて計数器として使用される。」との記載はない。引用公報記載の考案は計量器であつて、計数器ではないから、引用公報から、右のような主張を導き出すことはできない。

(二)  審決が長方体の十駒と平面立方体とについて、本件出願のものは一単位の立方体の数駒に分解できない一体のものとしたのに対し、引用例は数駒を金具で分解できるように結合したものであり、当業者が容易に取捨選択できる程度のものと判断したのは、単に型のみの類似の点を主張するものであつて、一つは量であり、一つは数であつて、その本質を異にし、両者を比較対照することは不当である。

(三)  審決が、本件出願のものが数駒を半数宛色分けした点について、児童計数器において普通行われることであるとしたのは、単に色分けという美的感覚と、計数上必要な二色の区別とを混同するものである。本件出願のものにおいて数駒百個を五十個宛色分けしたのは、各種の計算又は応用問題を解くための色分けであつて、三色に区分する必要もなければ、一色では不足であつて、二色に区分することによつてのみ、計数器としての効果を発揮し得るものである。一例を挙げると鶴亀算で鶴と亀の足数が二十六本、頭数九頭であるとすると、この場合色分けの本案計算器で行うと容易に計算し得るのである。先ず九頭全体を亀とし、縁色の数駒三十六個で全体が亀である場合を現わし、次に実際の足数二十六本は赤色の駒で現わし、その差十個の駒があるが、これは鶴の足数二本と亀の足数四本の差から出たものである。それで二本宛を一頭として五組できる。それは鶴の頭数である。こうして応用問題を解くと一年生でも、この計算器で解くことができる。

このように効果を有する色分けを、単に普通に行われることであるとすることは不当であると共に、その普通であるという証拠も示されていないから、審決は一層不当である。また百個の数駒を五十個ずつに色分けした本件の考案は、児童の計数上過不足のない色分けであり、この点他に類似はなく、新規の考案であつて、次のような長所を持つている。すなわち、教壇上ないしは児童の携帯用として駒の形体を大にも小にも自由自在に製作できる。引用のものが千個の駒及び結合金具等使用の必要があるのに対し、本件考案のものは携帯が極めて便利である。十ないし百の計算において、本件のものでは十駒一個、百駒一個を以て足りるが、引用のものは数駒十個ないし百個を拾い集めて結合しなければならない。本件のものでは十ないし百以上の数が直ちに形体を備えて表示できる。引用のものは結合金具使用の関係があり、取扱複雑であつて小学校初級児童用としては不向であるが、本件のものは極めて簡易であり、数駒百、十駒十、百駒一程度の組合せが児童計数上は理想的である。

更に一単位の数駒百を半数宛色分けすることは、十駒十と百駒一とを組合せ配合することと相まつて、児童計数上最も適当である。

(四)  審決が、本件出願のものが、各種の駒の個数を限定した点で相違するが、この点は組合せとして類似の範囲を脱するものでないとしたのは、本件考案の組合せの本質をわきまえないものである。いうまでもなく組合せとは単独に使用価値を有するものの結合の意であつても、その各部分は公知のものであつて、その結合が新規である場合においては、登録することができるものであつて、仮りに一糎立方のものがあつても、そのものを五十宛二色に色分けしたもの百個と、そのものを十個合した形状のもの十本と、その十本を平に竝列した形状のもの一枚との結合によつて、一年生が数の観念を養うに丁度手ごろのものであり、また一年生が応用問題を解くのに容易に使用し得て、従来容易に解き得なかつた鶴亀算の如きも一度で理解することができ、教師が一年生に対して数の教授をするのに、この計数器によると、従来この計数器を使用しなかつた場合に比し、著しく速やかに一年の児童が数の観念を理解し得るのであるから、この考案は一立の体積説明器とは全然異つた効果を有するのである。この効果を発揮する点から逆に考えると、本案の組合せが丁度一年生に適する程度の組合せであるからであつて、一千個の立方体では挙げることのできない効果を有するものである。ここで一応考えなければならない点は、使用者が一年生であることである。一と二を加えて三になるか五になるかの観念の未だできていない児童が使用するものであるから、一千個の立方体を一度に使用させること、これを常に鞄に入れて持ち歩くこと、その体積は一立に定まつたものを常に持参することが果してできるか、それよりも単に一立の体積に関係のない細かい手ごろの数駒百個と十駒十本と百駒一枚とを鞄に毎日入れて学校に通つた方が適当である。一千個の立方体を見ただけでも、一年生はどうしてよいか見当がつかない。もとより百迄の数を数えることさえできない児童に持たせるものである。この場合やはり千個の組合せと、五十個宛色分けした数駒の組合せは類似の組合せではない。十駒を作つたことも、百駒を作つたことも、新たな考案であり、その三者を組合したことも新たな考案である。

しかのみならず引用の考案は、一糎立方体千個及び付属器具を必要とするが、本件のものは数駒三百個相当の駒があれば足り、携帯上、取扱上及び価格において著しい差異がある。また引用の考案は、数駒を一糎立方体に特定しているが、本件のものは計数器の考案であるから、数駒の大きさに制限はない。

(五)  これを要するに本件出願の考案は、引用の考案に含まれておらず、両者は構造組合せにおいて著しく異つており、作用効果は全く異り、殊に児童計数器としては、前者は実際上使用不可能であり、後者は極めて優れているから、両者は決して類似するものではない。

原告の考案の特色を繰返して説明すれば、(イ)一単位、十単位、百単位の数の計算が容易にできる。(ロ)五十駒宛色分けしてあるから児童の計数上便利である。(ハ)付属器具を必要としないから児童の取扱上簡易である。(ニ)軽量であつて児童の日常の携帯通学に便利である。(ホ)製作が容易、従つて製作費が低廉であるから、児童が容易に調達できる点に存する。

被告代理人が証拠として提出した乙第一、二、三号証又は審決に引用された公報に記載された各考案は、相互に類似しておるにもかゝわらず、形状組合せの相違に基いて新規なりとして実用新案権が付与されたものである。被告代理人は、当時と本件出願当時との技術水準の相違する旨を主張するが、この種考案は、技術水準とは特別の関係はなく、新規な組合せと作用効果が異り、優秀である本件考案は当然新規な考案として登録すべきものである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

(一)  引用にかゝる大正十三年実用新案出願公告第五五〇二号公報は、第三図に一糎立方体(本件考案の数駒に相当する)、第二図にこれを結合金具で十個結合した十立方糎の四角柱体(本件考案の十駒に相当する)、更に第六図にこれを結合金具で結合した百立方糎の板(本願の平面的立方体に相当する)がそれぞれ図示され、しかも実用新案の性質、作用及び効果の要領の項中に、審決が示したような説明がなされ、結局一糎立方体を結合して、一立すなわち千立方糎に結合する過程において、十立方糎の四角柱体、百立方糎の板が形成され、これらが多数組合わされることが同公報中に記載されており、かつこれらを結合分解する度に児童が数えて行うものであるから、児童に数に関する観念をも認識させるものであることは明らかである。従つて同公報に示されたものは、一立の体積を説明することを主目的とするものであることは異論のないところであるが、これが計算器と同様百駒、十駒、数駒に分離して組合わせる等の観念の発生し得る余地の多分にあり得ることは明らかである。原告は、審決が昭和十三年実用新案公報を引用したためか、その公報が示す権利の要部すなわち登録請求の範囲に記載された事項のみを対象として、一図に両者の差異を強調しているが、これは審決の理由を誤解したもので、審決は該公報を一般の刊行物と同一にみて、この刊行物全体の記載中に本件出願のものと類似の考案と認められるものが、容易に実施することができる程度に記載されているから引用したものであつて、このことは審決の理由の記載から容易に理解できるものである。右の類似の考案と認められるのは、「一単位の立方体と、十単位の四角柱体と、百単位の板とが組合されて計数器として使用される。」との記載であつて、原告は右は「単なる副作用に過ぎない。」と主張するが、たとい副作用であつても、容易に実施することができる程度に記載されている事実があれば、これを引用して実用新案法第三条第二号を適用する上に差別があるべき筈がない。

(二)  一単位のものと、分解できない一体に形成した数単位のものからなる児童計数器は、本件出願前極めて普通であるから、(乙第一号証ないし第三号証参照)、審決は何等不当ということはできない。

(三)  児童計数器において数子を色分けしたものは、本件出願前極めて普通であつて(乙第四号証ないし第六号証参照)これは単に美的感覚を生ぜしめるためのものでなく、児童用計算器として計数上の効果を奏するものであることは明らかである。また本件考案が、特に「半数宛二色に色分け」したことは、区別を最少限度にするために過ぎず、仮りに数子を三色以上に色分けしたとしても、原告の例示する鶴亀算の解法の説明、その他の計数が行えないわけではない。してみれば、この色分けを「半数宛二色」に限定することは、本願の組合せを構成するための必須の要件ではなく、要は色分けをすれば足りるものであつて、数子を色分けにすることが、前述のように既に普通に行われる以上、本件考案のように、「半数宛二色に色分け」することは、必要に応じて、当業者の容易にできる程度のものに過ぎない。特に本件のものは、四角柱体、板を除き、数駒だけを色分けするものであるから、数駒の色の違いが、四角柱体、板と関連して、特殊の作用効果を発揮するものではない。

してみれば本件における「色分けの考案」は、「組合せの考案」に何等影響を与えず、従来の計数器の数子を、色分けする考案の域を一歩も出ないものと認められ、この点に考案の存在は認められない。

(四)  本件計数器において、かりに個数に増減があつたとしても、前項に記載したと同様に、鶴亀算の解法の説明、その他の計数が行えないわけではない、してみればこの個数は単に、一、十、百等児童の計数の基準及び範囲となる数を一応選んだというに過ぎず、必要に応じて、当業者が任意に選択できるものであつて、しかも本件考案の組合せの構成上、格別の意義を有するものではなく、引用の公報に記載されたものと組合せとして類似の範囲を脱するものではない。

なお原告は本件の計数器の組合せは、小学一年生教授用として特に効果があると、例をあげて主張しているが、文部省の推す小学校学習指導要領を参照すると、小学一年生の教授課題中には、原告が例示する鶴亀算、混合算に関する観念を数えることが加えられていなく、むしろ上級生の教授課題となつている。

また本件のものは、数駒の大きさを一糎立方に限定しないが、数壇上で教師の使用する計数器を大きくし、児童が使用するものを小さく作ることは、普通に慣用されていることであるから、引例のものが計数器でもある以上、これを計数器に専用する場合、その用途に応じて数駒の大きさを任意に選定することは、当業者が必要に応じ容易に考えられる程度のもので、この点に考案は存在しないし、また本件のような一般に使用される計数器の大きさを変更しても組合せとしては別異とするに足りない。

また原告は、当初の説明書において、数駒の大きさは一糎立方であつてこれを一単位としている。この大きさを一糎立方より小さいものとする訂正は、この大きさを変更する点に格別の特徴がない限り許さるべきで、もしこの点に新規な特徴があれば、その訂正は出願の要旨を変更するものであつて、採用されるべきではない。

(五)  これを要するに本件出願にかゝる組合せの考案は、引用公報中に記載されており、しかも本件において、これに附加した部分的考案は、いずれも計数器において普通に慣用される考案に過ぎず、かつこれらを附加することによつて右組合せの作用効果を特に増大するものでもないから、結局これらの点に考案を認められない。

なお原告は審決引用の考案及び乙第一、二、三号証記載の考案が、互にその形状、構造または組合せの相違に基き、登録されている以上、本件の考案もまた登録されるべきであると主張するが、右はいずれも大正、昭和初期の出願にかゝるものであつて、当時と本件出願時とにおける技術水準を比較すると、格段の飛躍があるから後者について認定の基準が上昇するのは当然であつて、右の主張も理由がない。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実並びにその成立に争のない甲第一号証(実用新案登録願)及び甲第二号証の一、二(訂正書差出書及び訂正説明書)によれば、原告の出願にかかる本件考案の要旨は、「一単位立方体で半数宛を色分けしたもの(数駒)百個と、端面が同単位四角で長さ十単位の長方体のもの(十駒)十個と、十単位四角で厚さ一単位である平板的立方体のもの一個とからなる児童計数器の組合せ」に存し、その目的は、児童に計数的及び量的観念を、両者の関係と共に具体的に得させる器具を提供するものであることが認められる。

次にその成立に争のない乙第七号証によれば、審決が引用した大正十三年実用新案出願公告第五五〇二号公報(大正十三年十二月十三日公告)には、「一糎立方体の駒千個からなり、この駒十個を各々その中央に穿つた孔を貫通する雄ねじで結合して十立方糎の四角柱とし、又この四角柱十個をU字形結合具とこの結合具の脱出を防止する発条によつて結合し、百立方糎の平板とし、これを更に十枚重ね合せて、前記結合具を発条とによつて結合して、千立方糎すなわち一立(リツトル)の大きさの立方体を得る一立体積説明器」が記載されており、その「作用及び効果の要領」として、「本案は図解によりて知らしむる代りに、模型を以て説明するものにして、特殊の結合金員を用いてあるため、結合分解自在なり。児童が分解して数え、数えて結合しつゝ実験作用をなす間には、一立は千立方糎なることを了解することを得。(中略)是等の金具が十進級に合体せるを以て、一層一立の体積を求むる方法を知らしむるに便なり。すなわち縦、横、高さの糎の数10を三乗することによつて、一立の体積千立方糎を得る公式103=1000(立方糎)を、一糎立方体千個を順を追うて結合する場合の実験に一致することによりて説明することを得るなり。本器を使用して学習せしめ又は教授するときは、生徒に興味を与え、改正度量衡制度の量に関する基本観念たる一立及び一立方糎の観念を養成することを得る。」旨が記載されており、更に同「図面」には、一糎立方体十個(第三図)、これを結合金具で縦に十個結合し、端面が一糎平方で長さ十糎の長方体一個(第二図)及び右長方体を結合金具で横に十個結合し、十糎平方で厚さ一糎の平板状立方体一個(第六図)が、図示されていることを認めることができる。

三、以上認定したところに従つて、引用の公報に記載されたところと、本件出願にかゝる実用新案の要旨とを比較すると、前者が原告も指摘するように、児童をして一立の体積すなわち量を理解せしめるための説明器であることを主たる目的とするものであることは、右考案の名称はもとより、同説明書の記載に徴し明白であるが、同時に同図面中に明示されている一糎立方体十個、端面が一糎平方で長さ十糎の長方体一個及び十糎平方で厚さ一糎の平板状立方体一個の図面と、同説明書中「作用及び効果の要領」の項に記載されている「本案は(中略)特殊の結合金具を用いてあるため、結合分解自在なり。児童が分解して数え、数えて結合しつゝ実験作用をなす間には、一立は千立方糎なることを了解することを得」との記載とを総合すれば、同公報には、本件出願の考案と同様に「多数の単位立方体のもの(数駒)、端面が一単位四角で長さが十単位の長方体のもの(十駒)及び十単位四角で厚さが一単位である平板的立方体のものを組合せとなし、児童をして計数の観念を具体的に得さしめる計数器として使用せしめるもの」が、容易に実施することができる程度に記載されておるものと解するを相当とし、両者はこの点において類似するものといわなければならない。

原告代理人は、引用公報記載の「一立の体積説明器」を右認定のように計数として使用することのできるのは、単なる副作用に過ぎないと主張するが、引用の公報を一個の刊行物として、これに容易に実施することができるように記載されたところのものが、出願の考案の要旨と類似するものかどうかを判断するについては、その営む作用が主たる作用であるか、或いは単なる副作用にすぎないかによつて、判断の結果に消長を来たすべきものとは解されない。

原告代理人は、また引用の公報に記載されたものは、結合金具によつて結合されるもので、何等結合金具を必要としない本件出願のものと相違し、また引用のものは、単位体の一辺の長さを一糎とすることが、「体積説明器」の性質上缺くことができない要件であるのに対し、本件のものは、その大きさが特に限定してないから、児童の携帯用として都合のよいものとすることができると主張するが、前記認定において比較の対象として引用するものは、右公報の登録請求の範囲に記載された「一立の体積説明器」の実用新案そのものではなく、その説明書及び図面に容易に実施することができる程度に記載された「多数の単位立方体のもの、端面が一単位四角で長さが十単位の長方体のもの及び十単位四角で厚さが一単位である平板的立方体のものを組合せとし、これを児童用計数器として使用できる考案」そのものにあり、しかも右組合せのものを計数器として使用する考案自体は、単位体の大きさとは、直接の関係はなく、従つて必ずしも一辺の長さを一糎とすることを必要とするものでなく、これを児童の携帯に適するようにするかどうかの如きは、本件考案の要旨をなさないばかりでなく、当業者の必要に応じて容易に考え得べきものであるから、原告の右主張はいずれもこれを採用することができない。

四、してみれば両者は結局、(一)原告の本件出願にかかる考案においては、単位立方体(数駒)を半数宛色分けしてあるのに対し、引用公報記載のものは、何等かゝる点についての記載はないこと、及び(二)前者は数駒の数を百個、十駒の数を十個と限定しているのに対し、後者はかかる点について何等の限定もないことの相違があるものと認められる。

しかしながらその成立に争のない乙第四号証によれば、明治四十二年十月二十八日登録となつた登録実用新案第一五一五七号公報には、「適宜の色彩を施した数え板を使い児童に数字の知識を与える遊戯具で、色彩を数え板の区別に利用しているもの」が記載されており、またその成立に争のない乙第六号証によれば、昭和十一年七月十八日に公告となつた昭和十一年実用新案出願公告第一〇三八三号公報には、「上部に傾斜板、正面に画壁及び透明板を設けた器体と組合わせて使用する球子を、色分け着色して児童に美感と興味とを喚起させると共に、球子の区別を明確にすることを目的とする計数器」が記載されていることを認めることができる。そしてこれら刊行物によれば、計数器で、駒または球を色分けして区別し、計数上の便宜に役立つようにしたものが、原告の本件出願前きわめて普通であつたことが認められ、ただ本件出願のものは、数駒を「半数宛二色に色分け」にしているが、右は区別を最少限度としたものであつて、仮りにこれを三色以上としたとしても、原告の例示する鶴亀算等が行えないものではなく、前述のように駒または球を色分として計数に役立たしめる計数器が一般に知られている以上、これを本件のように二色に限定することは、当業者が必要に応じて容易に選択できるものといわなければならない。

次に本件出願において数駒の数を百個、十駒の数を十個とすることについても、説明書は特に数をこれに限定すべき理由を示されないばかりでなく、右個数の多少の増減は、原告主張の本件計数器の作用、効果に格別の変化を来たさず、右は児童の計数の基準となる範囲の数を一応選んだもので、前述の数を必要条件とするものではなく、当業者が必要に応じ任意に選択し得るところと解するを相当とする。

五、してみれば原告の出願にかゝる本件考案の要旨と引用例に記載されたものとの間に存する、前記(一)(二)の相違点は、未だ前者を後者と別個の考案となすに足らず、原告の本件考案はつまるところ後者と類似するものと判定するを相当とし、実用新案法第三条第二号に該当し、同法第一条の登録要件を具備しないものといわなければならない。

原告代理人は、審決が「児童用計数器の数駒の数個宛色分けしたものもまたきわめて普通である。」としながら、これを認むべき証拠を示さなかつたことを不当であると主張するが、その成立に争のない乙第四、五、六号証及び第八号証を総合すれば、右事実は、審判官及び出願人に取つては、極めて顕著な事実に属していたものと認めるを相当とすべく、してみれば審判官が本件出願の考案は、前述の引用にかゝる公報記載のものと類似する旨の拒絶理由の通知において、右の事実を記載しながら、これが証拠を示さなかつたとしても、これを違法ということはできず、また右乙第四、五、六号証及びその成立に争のない乙第一、二、三号証の存在が、前記認定を覆えすに足りるものでないことは、これらの実用新案の登録及び特許がいずれも当該事案について、かつ当時の判断に基いてなされたものであつて、これと事案を異にする本件について、そのまゝあてはめなければならないものでないことに徴し多くいうをまたない。

以上の理由により、審決を違法なりとしてこれが取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

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